
ハリウッド発の映画は日米同時公開が当然のご時世に、随分と待たされる作品があったものだ。オクラ入りという言葉は駄作に与えられる蔑称であって、傑作ドラマ『GALACTICA/ギャラクティカ』の場合、この長き封印を何と呼ぼう? こう考えることにしよう。熱狂的な人気を誇る作品ほど、最初は不遇な扱いを受け、時が経つにつれて評価が高まるというジンクスがある。たとえば『2001年宇宙の旅』、あるいは『ブレードランナー』。時代や状況が変わり、半歩先を行く創り手のイマジネーションに世間が追いつくわけだ。アメリカTVドラマ史に輝かしい足跡を残しつつある『GALACTICA/ギャラクティカ』も、結果的に日本ではまさにそんな道筋をたどることになりそうだ。
03年12月に本国で放映された「ミニシリーズ」(パイロット版)は、今回のDVD化にあたり、【起:season 1】の中に「序章」というエピソード名で組み込まれた。実はこの作品、04年に「バトルスター・ギャラクティカ サイロンの攻撃」という、いかにもB級SFな邦題でひっそりとリリースされ、伝説化したものだ。観た者は絶賛したが、観た人間の数があまりにも少なすぎたのだろう。回を重ねるごとに高まる本国での評価をよそに、この国では長い眠りについてしまう。そして「序章」を観てしまった在日GALACTICAファンの悶え苦しむ日々が始まった。続きを観るために、ある者は在米の友人から録画して送ってもらい、ある者は海外盤DVDをネット購入し、コミュニティサイトで同好の士を募ったり、雑誌で特集を組んだりして(僕の事です!)、ひたすら日本上陸を心待ちにした。

当初、オリジナル版である70年代のTVシリーズ『宇宙空母ギャラクティカ』を知る世代の多くは、『GALACTICA/ギャラクティカ』に訝しげな眼を向けた。かくいう僕もそう。安全パイとしてのリメイクブームの一環にすぎないと捉えていた。しかしその疑念は、ナンバー6が休戦ステーションに現れるオープニングから消え去り、アダルトでリアルな刷新に息を呑み、「序章」の182分はあっという間に過ぎ去った。いや、旧シリーズとの比較はもうよそうじゃないか。理由は2つある。ひとつは、SFマニア限定の作品と誤解されかねないから。もうひとつは、旧作とは全く異なる世界観を構築し、現代の空気を存分に吸い込んだ作品に仕上がっているから。もちろん旧作を知っていればほくそ笑むオマージュは登場するが、この際『スター・ウォーズ』ブームに便乗して生まれた能天気なオリジナル版は、外宇宙の彼方に忘れてほしい。海外TVドラマを愛する者や映画通、あるいは"エヴァ世代"までもが、この奥深いサーガにはハマるだろう。
『GALACTICA/ギャラクティカ』とは、SFの形を借りて現代を映し出す、21世紀初頭=ゼロ年代にとって重要な作品のひとつである。中毒症状を誘発する話題先行のTVシリーズよりも遙かに濃密で、観る度にその深さに気づく本格ドラマと言い換えてもいい。表向きは、宇宙に浮かぶ密室を舞台にしたSF戦争ドラマであり、サバイバル・アクションではあるが、ここに描かれているものの本質は、絶望的な状況における人間心理や、現代社会の闇を映し出す寓話でもあり、死に直面して生を実感する命のドラマなのだ。

機械生命体サイロンは単なる凶悪ロボットではない。それは、経済効率や享楽を追求する人間から虐げられてきた存在。飽くなき欲望の果てに、「報い」が天から降り注ぐ。まるで地球環境の現在のメタファーのようでもあるが、単純な善悪バトルではなく、神の領域を侵した人間が救済される意味を問いかけながら進むことが重要である。大虐殺を逃れ、微かな希望を抱きつつ、新天地を目指す者たちのドラマを掘り下げる演出はジャンルの垣根を越えた。戦闘描写も際立つが、アクションばかりに比重をおかず、極限下で必死に生き延びようとする人間の内面をこそ描くのが、GALACTICAサーガの真骨頂。映像のリアリティも傑出している。戦場カメラマンが宇宙で切り取ってきたニュース映像さながらのVFXと、緊迫の艦内描写は、TVドラマとは思えぬ醍醐味だ。
エロティックな要素も満載で、男どもはあらゆるタイプのヒロインに幻惑されることになるから、そのつもりで。サイロンの進化バージョンは人型となって、そのうち一体はブロンド女優が妖艶に演じる。たくましきスターバックとボーイッシュなブーマーという2人の女性パイロットには、日本でもファンが増殖するに違いない。褐色の通信士ドゥアラは深い印象を残し、はたまた、副艦長の妻エレンは淫ら極まりない。
一方、人類を率いる指導者に扮する、2人のオスカー候補経験のあるベテラン俳優の演技は物語を引き締める。『ブレードランナー』で寡黙にユニコーンの折り紙を折りながら主人公をサポートする"もう一人のブレードランナー"を演じたエドワード・ジェームズ・オルモス。アダマ艦長に扮する彼は、レプリカントならぬ人型サイロンの存在を憂い、人間の業を厳かに問う。思慮深く行動する姿は、カリスマ性たっぷりだ。苦悩を抱えたロズリン大統領役メアリー・マクドネルは、『インデペンデンス・デイ』の大統領夫人役よりもむしろ、人種の壁を超えて愛を成就させた『ダンス・ウィズ・ウルブズ』での繊細な演技を思い起こさせる。

シリーズはやがて、艦内に潜む人型サイロンは誰だ!? というミステリー要素ではらはらさせながら、「神」の問題に深く言及していく。12のコロニーに分かれて暮らす人類は、かつて惑星コボルから移住してきた。実は、幻のコロニーが存在するという。13番目の部族が移住した先は、地球と呼ばれる惑星。住むべき土地を失った人類にとって、そこは唯一の避難場所であり、希望の星だ。そうした言い伝えは、多神教である彼らの運命を導く預言書に書かれている。ちなみに、人類を憎む覇権主義者サイロンは一神教である。
製作陣の意図は、9・11後の世界を覆うテロへの恐怖を見据えていた。テロの時代を招いた元凶とは何か。それは、異なる価値観を排除する「不寛容」ではないかというメッセージさえ感じ取れる。ゼロ年代を象徴する『GALACTICA/ギャラクティカ』は、世界を覆う対立構造まではらませながら、老朽化した船で暗黒の海をおそるおそる航行し、地球を目指す。それはまだ希望に満ちていた60年代に、地球を後にしてフロンティアとしての宇宙へ船出したTVシリーズの金字塔『スター・トレック』とは全くもって対照的だ。

絶望の淵から、古めかしい技術と預言書をよすがとして、存在することさえ不確かな安住の地を目指す不安に満ちた長い旅。GALACTICAサーガとは、混迷を深める世界と、罪深き人類のために、21世紀仕様に再構築されたダークな神話ともいえる。本作に比べれば、20世紀を象徴する神話、『ロード・オブ・ザ・リング』や『スター・ウォーズ』は牧歌的だ。「神話」という日本語は誤解を招きやすいが、それは必ずしも神々の登場する物語ではない。神話とは、それぞれの民族が世界の成り立ちや起源を考える上で独自に生み出す物語。そこには勧善懲悪が描かれ、圧倒的な力を誇る強者に虐げられた弱者という構図が普遍的だ。しかし弱者=主人公の心の底にも拭い去れない闇はあり、レジスタンスの中にも敵は紛れ込んでいる。そればかりか、今にも世界が終わろうとしているのに、人間は相変わらず権力欲や愛欲にうつつを抜かす存在でもあることも、GALACTICAサーガは生々しく描き出していく。
ここで、ハッキリさせておこう。これは、観る者を選ぶドラマといえるかもしれない。繰り返し言うが、そもそもこの国では、本作の面白さ、素晴らしさに気づく人が少なかったために、約4年も待たされることになったのだ。ごく普通の人々はこう考えるのだろう。主役らしき艦長はオジさんだし、なんだかマニア御用達のスタトレみたいだし、アクションよりドラマ性の方が高そうだし、いまどきSFなんて流行らないし、重くて暗くてしんどそうだし…。確かに、キャストに日本人が紛れていてコミカルな要素もある超能力ドラマや、スタイル抜群の大勢の美女が挑発するレズビアン・ドラマなどなど、メーカーやDVDショップが仕掛けやすいフック満載の海外ドラマとは一線を画している。とりあえず流行を押さえておこうとか、トレンディでスタイリッシュなもので暇潰しをするのが趣味だとか…そういう人々の目的を満たす類のドラマとはいえない。超大作ハリウッド映画に匹敵するVFX、アクション、サスペンスという要素は十分備えている。だがそれ以上に、深く人間ドラマを愛する貴方や、生きていく上でドラマを欲する貴方、物語を通して今という時代を感じたい貴方、そして心の琴線に触れるドラマティックな作品を求めている貴方のためにこそ、『GALACTICA/ギャラクティカ』は在るといっていい。

さて、GALACTICA発進にあたり、老婆心ながらアドバイスさせて戴こう。くれぐれもまず、「序章」から観て欲しい。ネットを始め、至るところに楽しみをそぐネタバレ情報の罠があるのでご注意を。また、当然のことながら字幕版も素晴らしいが、情報量が多く味わい深い日本語吹替版でご覧になることをお勧めする。「序章」の吹替版はクオリティが高く、語り草となった。その声優陣を再集結させた、日本語吹替版制作スタッフの心意気に感謝したい。あなたも生存者の一人となって老朽艦に乗船し、この「TVシリーズ史上最も過酷な旅」を見守ってほしい。そう、ここに願う!